田舎から都会へ引っ越し、新しい生活が始まってからちょうど一ヶ月。右も左もわからぬまま、押し寄せる人の波と情報の多さに目を回しながら過ごした三十一日。ようやく生活のリズムが整い始めた頃、季節は巡り、私は初めて「現地のお正月」というものを迎えることになった。
広島市安佐南区の「祇園」歴史と現代の活気が交差するその地を歩く。

※人物は全部AIで作成しています。
誰もいない通勤路と、冬の風の心地よさ
家を出てまず驚いたのは、駅の「静けさ」だった。普段、通勤で使う道は、朝夕も人で溢れ返っている。肩が触れ合うほどの喧騒、せわしなく行き交う車の音、どこか淡々とした日常の歯車を感じてた。それが当たり前だと思っていたのに、元日の祇園は、まるで魔法にかけられたようにひっそりとしていた。

「みんな実家に帰ってしまうのだろうか?」
そんなことを考えながら歩き進める。冬の低い太陽がアスファルトを照らす、けれど空気はぴんと張り詰めている。運動不足の体が高揚し、内側からじわじわと体温が上がっていくのを感じた。少し汗ばむような熱さけれど時折吹き抜ける冷たい北風が、その火照りを優しく撫でていくそのコントラストが、驚くほど心地よい。
ふと足元に目をやると、昨日の大雪の面影を探して驚いた。昨日はあんなに激しく降り積もり、街中を白銀に変えたというのに、今日にはもうほとんどが溶けて消えている。地層の熱気なのか、それとも手際のよい雪かきのおかげなのか。田舎なら数日は残っているはずの雪が、あっさりと姿を消していることに、都市のスピード感を見たような気がした。
しばらく歩くと、道端にふと小さな「落とし物」を見つけた。 誰かが作ったのだろう。雪だるま達が、ひっそりと並んで置いてあった。きっと近所の子供たちが昨日の雪をかき集めて、はしゃぎながら作ったに違いない。少し溶けかかったその姿に、張り詰めていた心がふっと緩むのを感じた。こんなにも温かくて、ささやかな幸せが転がっている。私は独り、ほっこりとした気持ちでその横を通り過ぎた。
安神社の参拝と、一枚のおみくじ
目的地は、この街の守り神である「安神社(やすじんじゃ)」だ。

参道を進むにつれ、周囲の空気はより厳かに澄んでいくのを感じた。 広島市安佐南区祇園の安神社は、京都祇園社の末社「安芸之国祇園社」として創建され「おぎおんさん」として親しまれる1000年以上の歴史を持つ神社だ。貞観11年(869年)創建説や元慶5年(881年)説があり、元は武田山の麓にあったが、兵火や火災に見舞われながらも、武田氏、毛利氏、福島氏、浅野氏など歴代領主の崇敬を受け、現在地で再建・発展したという。明治2年に「安神社」と改称されたが、ここが「祇園」という地名の由来となっていることを知り、この土地との深い縁を感じずにはいられなかった。
私の地元のそれとはどこか空気が違っていた。鳥居をくぐる人々の並び方、そして参拝の雰囲気。田舎では顔なじみばかりが集まり、阿吽の呼吸で進んでいく参拝も、ここではどこか洗練されていて、それでいて独特のルールがあるように感じられた。
「これで合っている……?」
少しばかりの戸惑いを抱えながらも、私は神様の前に立った。一ヶ月間なんとか無事に過ごせたことへの感謝と、これから始まる新しい年への決意。作法が少し違ったかもしれないけれど、心を込めて丁寧に挨拶を済ませた。
その後、お守りを選び近くでおみくじを引いた。 結果は「吉」 「大吉」ではないけれど、今の私にはそれが一番しっくりきた。急がず、焦らず、着実に。そんなメッセージをいただいたような気がして、大切におみくじ掛けに結んだ。
正月の洗礼と、一杯の牛めし
参拝を終えると、急に空腹が襲ってきた。せっかくだから正月らしいものを、と期待していたのだが、ここで洗礼を受けることになる。
「……どこも開いていない…。」
正月は、こぞってシャッターを下ろしている田舎も、都会も、変わらず休むものだ。空腹を抱えて街を彷徨う中、ようやく見つけたのは、見慣れた黄色い看板の「松屋」を見つけた。
「せめて温かいものを食べよう」
入店した私を待っていたのは、さらなる驚きだった。店内にはレジがない代わりに置かれていたのは、大きな液晶画面とセルフレジだった。
初めての体験に、「画面のどこを触ればいいのか?」「支払いはどうすればいいのか?」「後ろに人が並んでいないか?」何度も周りを確認しながら、私は戸惑いつつもなんとか「牛めし(チーズトッピング)」と「豚汁」のボタンを押し、無事に注文を終えた。

液晶画面に番号が呼ばれ受け渡し口に取りに行き、牛めしを一口食べ始める。とろりと溶けたチーズが牛肉に絡み、冷え切った体には豚汁の熱さが身体に染み渡る。「美味しい……」。どこにでもあるチェーン店の味かもしれないけれど、道に迷いようやくありついたこの食事は、私にとってどんな高級料理よりも特別な味がした。
帰り道、景色の中に誓うこと
お腹も心も満たされ、食器を返却し店を出ると街は少しずつ夕暮れの色に染まり始めていた。
帰り道、公園のベンチでゆっくりと景色を眺め休みながら思いにふける。1000年の時を越えてこの地を見守る神社の佇まい、高層マンション、道端の溶け残った雪、一ヶ月前はあんなに遠くよそよそしく、見えたこの街が今日一日歩いたことで、少しだけ自分の居場所に近づいたような気がした。

「今を頑張って生きよう」
私は心の中で小さく呟いた。 田舎での当たり前は、ここでは人との距離感、作法も通用しないけれど、その違いを楽しみながら、歴史あるこの街の一部になっていければいい。
おみくじの「吉」を信じて、一歩ずつ。 祇園の冷たい風はいつの間にか、私を励ます追い風に変わっていた。


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