天気の良い休日、心にゆとりを持って靴を履き、街へ出かけました。 今回の目的地は、安佐南区・祇園に鎮座する「安神社(やすじんじゃ)」から緑井方面へと続く、約5km〜6kmの散歩コースです。
この街で暮らし始めて間もない私にとって、歩く道すべてが新鮮な発見に満ちています。普段の生活では見落としてしまいそうな何気ない景色も、一度立ち止まって意識を向けてみると、その場所にしかない固有の物語が見えてくることがあります。

🌳安川緑道で出会った、凛とした佇まい

静かな安神社の境内で手を合わせ、川のせせらぎに導かれるように歩みを進めると、かつての安川の河川敷を整備した「安川緑道」へと辿り着きました。
武田山橋の付近から中須へと続く約3.1kmのこの遊歩道は、車道を離れてゆったりと歩ける、まさに都会のオアシスです。そこで思わず足を止めて見入ってしまったのは、一本の大きな「欅(けやき)」でした。
改めてその前に立ち、見上げてみると、一本の樹木が放つ圧倒的な生命力に息を呑みます。天に向かって力強く、まるで大きな両手を広げて街を守護しているかのように扇状に広がる枝。木漏れ日を浴びてキラキラと輝く葉のきらめきが、足元の遊歩道に美しい影を落としています。
「そういえば、広島の街にはどうしてこれほどまでに欅が多いのだろう?」
そんな素朴な疑問が頭をよぎり、私はその場で少し、この木が歩んできた道のりを紐解いてみることにしました。
🌳機能と景観の調和が生んだ、並木道の風景
広島の街に欅が多い理由。調べてみると、そこには当時の街づくりにおける明確な意図が刻まれていました。
そもそも欅という名は、「目立つ、ひときわすぐれている」を意味する「けやけき木」が由来です。かつては強靭な材を意味する「強木(つよき)」から「槻(つき)」とも呼ばれ、日本を代表する広葉樹として古くから重宝されてきました。
その信頼性は、京都の名所・清水寺の舞台を支える巨大な主柱の数々に欅が選ばれていることからも分かります。800年から1000年という驚異的な耐用年数を持ち、摩耗や腐朽に強いその性質は、寺社や城郭の屋台骨として日本の美を支えてきました。
また、欅は地中に深く強い根を張ることから、土砂崩れを防ぐための「鉄道林」に採用されることもあるほど、地盤を固める能力に長けています。かつての河川敷であるこの緑道においても、その根は街の土台を静かに守り続けているのでしょう。
さらに驚くべきは、その「音」への貢献です。欅は適度な弾力と重みを持つため、和太鼓の胴の材料として最高級とされています。強い打撃を豊かな響きへと変え、使い込むほどに美しい艶を増していくその性質は、まさに強さと美しさの結晶。地上では天然のパラソルとして熱中症を防ぎ、足元では地盤を守り、文化のなかでは魂を揺さぶる音を奏でる。欅はまさに、多才で献身的な「街の立役者」なのです。
🌳一本として同じものはない、生きたアート
欅の本当の面白さは、一見似ているようでいて、実は一本一本に驚くほどはっきりとした「性格」があることです。
欅は季節に合わせて、はっきりとした色の変化を見せてくれます。透明感のある鮮やかな黄緑色に染まる春の芽吹き、強い日差しを浴びて大きな木陰を作る夏の深緑、そして冬の訪れを告げる茶色の落葉。さらには、個体ごとの遺伝的性質や環境によって赤や黄に染め分ける秋の彩り。
「自分はこのあり方でいく」と決めているかのようなその姿には、揺るぎない個性が宿っています。緑道を進むと、欅の足元に半円形のベンチが設置されている場所を見つけました。近くに寄って樹皮を観察してみると、成長とともに鱗状に剥がれ落ちた跡が、まるでモダンアートのような独特の模様を描いています。
ちょうど今のような4月から5月にかけては、新緑の芽吹きとともに、直径わずか1〜2mmほどの奥ゆかしい花が咲く季節でもあります。同じ一本の木の中で、枝の付け根に雄花、その先に雌花を咲き分ける「雌雄同株」の性質を持ち、秋には風に乗るための「翼」を持った実を結ぶ準備を静かに進めています。こうした緻密な生命の営みを繰り返しながら、欅は一年を通じてどっしりと、それでいて個性豊かに佇んでいます。
🌳余韻を胸に、再び歩き出す
ベンチに腰掛け足を休める間に、この街の風景を形作ってきた欅の物語に思いを馳せてみました。
安芸区の切幡神社には、広島市の天然記念物に指定され、かつて瀬野川沿いに自生していた巨木の名残を今に伝える、樹高約31メートルもの「大ケヤキ」が聳え立っています。こうした街に点在する古くから神社仏閣を支えてきた崇高な逞しさは、今も街を歩く私たちの健康や長寿を静かに祈っているかのようです。
その威厳ある枝ぶりを見上げれば、木漏れ日のなかに確かな安らぎと幸運の予感が満ちていくのを感じ、時代を超えて街を見守り続ける緑の物語に、一歩踏み出す勇気をもらったような気がしました。
私は大きく深呼吸をし、再び目的地を目指して歩き始めました。道のりはあと少し…欅が分けてくれた穏やかな活力と余韻を楽しみながら、心地よい午後の光の中を、また一歩ずつ踏みしめていきます。


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