広島という街は、普段は穏やかな瀬戸内気候に守られていますが、ひとたび冬の寒気が本気を出すと、その表情を一変させます。
今年の新年、私たちは「南部」の感覚で、親戚一同と出雲大社への初詣を計画しました。私は助手席に座り、移り変わる景色を眺めていましたが、そこで待ち受けていたのは、北部の自然の圧倒的な力と、盆地特有の性質が持つ「雪」の怖さを再確認する出来事でした。
三次・庄原で見た、新年の「想定外」
広島ICから高速道路に乗り、出雲大社を目指したあの日。最初は「少し雪が強いかな」という程度の、どこか情緒を感じる景色でした。

しかし、安佐北区を過ぎ、三次市から庄原市へと差し掛かるにつれ、フロントガラスを叩く雪の粒は明らかに大きくなりました。助手席から見る視界は、急激に白く染まっていきます。

庄原の雪の中で出会った、二人の「救世主」
庄原付近に差し掛かった頃、積もり方は尋常ではなく途中で交通止めとなり、高速を降ろされある集落に・・・。右も、左も、わからないまま雪道に入りそこで、私たちの車にトラブルが発生してしまいました。
「終わった…。」
運転手の血の気が引いた絶望した断末魔のような声に、皆が不安を感じていました。あまりの猛吹雪に心細くなりながら付近の住人を探していたら、偶然出会ったお二人の現地の方に声をかけました。
自分たちも雪の対応で大変な中、私たちの呼びかけに快く応じてくださった方々に的確なサポートしていただきながら「大丈夫問題ないから」という心強い声と対応力は、まさに地獄に仏。あのお二人の助けがなければ、私たちは立ち往生し、無事に引き返すことすら難しかったかもしれません。
「あの時助けてくださったお二人へ。おかげさまで無事に帰ることができました。ありがとうございました」
厳しい冬を生きる庄原の方々の人情に、極限状態の中で人の繋がりとがどれほど心強いものかを、痛感し親戚一同心から感謝の気持ちでいっぱいです。
動かない車列の中での消耗
トラブルを乗り越え、Uターンを決めたものの、そこからが本当の試練でした。私たちと同じように断念した車、そして規制によって行き場を失った車が重なり、高速道路は大渋滞に。

お昼前から夕方近くまで、一向に進まない車列。車内には疲れが広がり、時間だけが過ぎていきました。
渋滞の果てに出会った「最高のご馳走」
緊張感と極度の空腹で疲れ果てた頃、ようやく辿り着いたパーキングエリア。そこで出会ったのが「鶏の唐揚げカレー」でした。

冷え切った体に、熱々のカレーが染み渡りずっと何も食べられないまま夕方を迎えた空きっ腹に、流し込むように食べたその味は、これまでの人生で食べたどの料理よりも美味しく、涙が出るほど感動しました。
広島を震撼させた「過去の大雪」の記憶
広島の大雪について過去の記述を調べてみました。普段は温暖なイメージがありますが、実は歴史を紐解くと、街の機能を完全に麻痺させた凄まじい記録が残っています。
- 1963年(昭和38年)「三八豪雪」 日本中で猛威を振るった豪雪。広島市内でも記録的な積雪となり、当時は陸の孤島と化す地域も多くありました。
- 1984年(昭和59年)の記録的寒波 広島市中心部で積雪31cmを記録。平和大通りの樹木が折れ、広電も運転を見合わせた伝説的な年です。
- 2011年・2021年の元日寒波 近年でも新年早々に10cm以上の雪が積もることがあり、現代でも雪への警戒は欠かせません。
雪が教えてくれる「現代の備え」

今回、出雲大社への参拝は叶いませんでしたが、庄原で出会ったお二人の優しさに触れ、親戚一同が無事に帰宅できたこと、あの忘れられないカレーに出会えたことこそが、今年最初の大きな「御利益」だったのだと感じています。
「これくらいなら大丈夫だろう」という慢心を捨て、助けを求める勇気、助け合う精神、そして事前の備えを忘れないこと。
雪が教えてくれたこの大切な教訓を胸に、また新しい一年を歩んでいこうと思います。


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