のどかな川面に潜む火花🦆🦢旧太田川の中州を巡るアオサギとカワウの「ガチなライバル関係」

生き物

広島を流れる太田川が、下流の分岐点で「太田川放水路」と「旧太田川」の二つにそっと分かれる場所。その旧太田川の入り口で、今日もどっしりと水を湛えているのが大芝水門です。

水門の向こうに広がる旧太田川は、どこか懐かしく、ゆったりとした川の景色を私たちに見せてくれます。この心地よい流れのすぐ傍ら、川面に浮かぶ砂州や中州に目をやると、大きな鳥たちが静かに佇んでいる姿に出会えます。

よく見ると、そこには「白」と「黒」の2種類の大きな鳥がいます。

ひとつは遠目からでもパッと目を引く、スラリとした「白い鳥」。これが、近づくと綺麗な淡い灰色をしている「アオサギ」です。 そしてもうひとつは、水面に身を沈めて器用に泳ぐ、カラスのように「真っ黒な鳥」。こちらが「カワウ」です。

一見すると、この「白い鳥(アオサギ)」と「黒い鳥(カワウ)」は、川の流れをのんびりと眺めているだけの穏やかなご近所さんのように見えるかもしれません。けれど、その佇まいにちょっとだけ騙されてみてください。彼らの関係をひと言で表すなら、こののどかな景色とは裏腹に、お互いに出し抜き合う「ライバル」であり、獲物を巡って切磋琢磨する「ビジネスパートナー」のような関係なのです。

彼らの見た目は静かでも中身はちょっとガチで、たくましい競争関係を、少し覗いてみませんか。


「お前の獲物は俺のもの」を地で行く、アオサギのずる賢い企み

彼らはただ退屈そうに川にいるわけではなく、日々の暮らしを生き抜くための、ちょっぴり可笑しくも真剣な駆け引きの中にいます。

アオサギは川辺でじっと動かずに魚を待つ、辛捕強い「待ち伏せ型」のハンターです。けれど、実は自分で探すだけでなく、潜水が大得意なカワウが水中で追い込んだ魚を「ちゃっかり横取りしてやろう」と、ギラギラした視線を送っていることがよくあります。

カワウが水中でアクティブに魚を追い回すと、驚いた魚たちがパニックを起こして浅瀬や岸辺に逃げ込んできます。アオサギはそれを、じっと待っていた浅瀬で労せずしてバサッと捕まえるのです。時には、カワウが水面で大きな魚を飲み込もうと手こずっている隙に、ダイレクトに近づいて魚を奪い取る「強奪行為」を働くことさえあります。

ここで不思議なのは、これだけあからさまに利用されているカワウが、不思議とアオサギに怒ったり嫌がったりする様子をほとんど見せないことです。水中で魚を追うのに夢中なためか、それとも気にしない大らかな性格なのか、一心不乱に潜るカワウと、そのすぐ近くで「おこぼれ」を虎視眈々と狙うアオサギ。川辺で、この一見するとコミカル、だけど中身はきわめて打算的な「共同戦線」がよく繰り広げられています。


「俺の場所は俺のもの」? 絶妙な住み分けとストーカーな関係

一方で、場所や縄張りの奪い合いに関しては、実はお互いに少し異なる戦略をとっており、絶妙な「住み分け」ができています。

アオサギは「浅瀬や岸辺」を自分のテリトリーとし、単独行動を好むため、自分のスポットに他の鳥が来ると激しく追い払います。対するカワウの主戦場は、潜水して魚を追える「深い水の中」です。おまけにカワウは群れで行動する性質があるため、特定の場所を独占するような縄張り意識はあまり持っていません。

そのため、カワウがアオサギの場所を強引に奪い取ることは基本的にはありません。むしろ、カワウが魚を追ってあちこちへ移動すると、アオサギがそのあとをストーカーのように追いかけて移動していく、というのが彼らの本当の距離感なのです。


実は身近にいる?「待ち伏せ」も「潜水」もこなす両刀使いの鳥たち

アオサギの「じっと待つ」戦略と、カワウの「深く潜る」戦略。川辺では見事な二大勢力として分かれている彼らですが、日本の川をよーく見渡してみると、なんとこの「両方の性質」をひとりで兼ね備えてしまった、凄腕の両刀使いの名手たちも隠れています。

その代表格が、川の宝石とも呼ばれる「カワセミ」です。
カワセミはアオサギのように、お気に入りの枝の上でじーっと微動だにせず魚を待ち伏せます(静)。そして「ここだ!」という瞬間、今度は矢のような勢いで水中へまっさかさまにダイブし、一瞬で魚を仕留める「静と動」の凄腕名手です。

また、一見すると小さなカモの赤ちゃんのように見える「カイツブリ」という水鳥も、かなりの実力者。
体は小さくてもその潜水能力はカワウ顔負けで、一度潜ると驚くほど遠くの水面からひょっこり顔を出します。

大芝水門の主たちが繰り広げる「白と黒の騙し合い」も面白いですが、こうした小さな名手たちが、それぞれのやり方で川の恵みをたくましく手に入れている姿もまた、私たちの目を楽しませてくれます。


宿敵たちが教えてくれる、旧太田川の豊かな素顔

こうした泥臭いライバル関係がバチバチに成立しているということ。それは実は、この川がどれほど生き生きとしていて、どれほど豊かな生命を育んでいるかという、何よりの証拠でもあります。

羽を広げれば150センチメートルほどにもなる大きな水鳥たちが、こうして隣り合わせで日々お腹を満たすためには、川にそれだけの圧倒的な魚の量がいなければ成り立ちません。

上流から豊かな栄養が運ばれ、アユやボラ、ハゼといった多様な生き物がたくさん息づく、彼らにとって譲れない「最高の食堂」です。お互いに利用し、利用されながらも、エサがとびきり豊富だからこそ、彼らはこの川を離れず、今日も全力で暮らしていけるのでしょう。


川の生態系と、これからの景色

そんな宿敵たちですが、時に川の生態系全体の中で、私たち人間と関わる小さな摩擦を起こすこともあります。

特に対策が進められているのが、高い潜水能力で魚を上手に捕まえるカワウです。川の魚たちが減りすぎないよう、地元の漁協などでは川全体のバランスを保つための試行錯誤が続けられています。

鳥たちはただ一生懸命に生きているだけ。けれど、その姿は私たちに「川の豊かな恵みをどう守り、自然のバランスとどう心地よく付き合っていくか」という、大切な宿題を投げかけてくれているようにも思えます。


堤防を歩き、彼らの視線を感じてみる

いつもは何気なく通り過ぎてしまう旧太田川の景色。けれど、大芝水門の周辺を流れるダイナミックな水の流れや、そこに佇むアオサギとカワウを「ずる賢いライバル」として意識してみると、見慣れた川の景色がぐっと生き生きと、スリリングに見えてきます。

激しい水流のすぐ傍らで、お互いの出方をうかがいながら、今日も1日を全力で、必死に生き抜いている彼ら。

次に旧太田川の堤防を歩くときは、彼らが透けて見える絶妙な距離感と、その足元を流れる豊かな水に目を留めてみてください。川面を渡る心地よい風の中に、野生の泥臭いたくましさと、この川が持つ本物の自然の力強さを、肌でじんわりと感じられるはずです。


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