
天体カリヨン時計と歩む、広島・基町の30年
広島の街がいま、かつてないほどの熱狂の中にあります。 2024年に開業した「エディオンピースウイング広島」を筆頭に、基町・紙屋町エリアは新しい活気に満ち溢れています。最新のスタジアムへと急ぐ人々が行き交う中、ふと足を止めて見上げたくなる場所があります。
それが、基町クレド(パセーラ)1階に鎮座する「天体カリヨン時計」です。
1994年、最高峰の知性が集結した「天空の記憶」

この時計が誕生したのは、広島がアジア競技大会に沸いた1994年。実はこの時計、当時の日本を代表するトップクリエイターたちが結集して作り上げた、贅沢な「芸術品」でもあります。
当時のプロジェクトでは、セイコーが精密な機構を司り、乃村工藝社が壮大な空間演出を、そしてGKデザインが全体の美学を統一しました。
「天空」というテーマのもと、各領域の叡智を絞り、一丸となって作り上げられたこの時計は、単なる時間告知の道具ではありません。広島の空に宇宙の広がりを映し出す装置として設計されたのです。30年経っても色褪せないその造形美には、当時の開発チームの情熱が今も息づいています。
あなたの「待ち合わせ」はどこでしたか?

広島の街には、時代ごとに愛された「再会の目印」がありました。 かつての広島駅南口の「噴水前」、福屋八丁堀本店の「赤窓(あかまど)」、金座街のパルコ前にあった「マルチスクリーン(キリンビジョン)」。
再開発とともに多くの風景が記憶の中へ移りゆく中で、このカリヨン時計は、30年前と変わらぬ姿で立ち続けています。それは、広島の歩みを物理的に証明する、街の貴重な「年輪」のような存在です。
沈黙が語る「現在地」と再生への挑戦

2025年現在、この時計の針は止まっています。しかし、その背景には、単なる故障を超えた「構造的な壁」が立ちはだかっています。
この時計は、開業時に合わせて製作された世界に一つだけの「完全特注品」です。内部のギア機構やカリヨンの制御システムには汎用部品が存在せず、修理には部品をゼロから再鋳造するほどの膨大な工程を要します。さらに、プラハの天文時計にも比肩する複雑な「天体時計」としての機構は、現代のデジタル技術でも代替しにくいアナログの極致です。
設置から30年が経過し、当時の設計を知る技術者の引退や専門企業の減少という「技術継承」の問題、そして数千万円から1億円規模とも推測される修復コスト。現在このエリアの再生を主導しているNTT都市開発は、リニューアルへの投資と、市民の愛着の対象である「時計の価値」を天秤にかけながら、このロストテクノロジーをどう復活させるかという難問に、今も真摯に向き合い続けています。
【深掘り】宇宙の調和を、地上で奏でるということ

なぜ、1994年の開発チームはこの場所に「天体」と「楽器(カリヨン)」を組み合わせた巨大なモニュメントを置いたのでしょうか。
かつて、この時計が動いていた頃、毎正時になると重厚な鐘の音が響き、太陽や惑星を模した意匠がゆっくりと軌道を描き出しました。そこには、「都会の喧騒の中で、ふと足を止め、宇宙の大きなリズムを感じてほしい」というメッセージが込められていました。
- 「カリヨン」という祈り: 古来より平和や祝福を告げる鐘の音。被爆からの復興を遂げた広島の中心部で鳴り響くそれは、今日という日が平和であることへの「静かな祝杯」でもありました。
- 「天体」という視点: 私たちの日常のすぐ外側に広大な宇宙があることを思い出させ、空を見上げさせる。その一瞬の「ゆとり」こそが、この時計が街に提供していた最大の価値でした。
進化する「パセーラ」と、結節点としての時計

時計が静かに時を待つ傍らで、広島の街は「東西のゲート」を結ぶ新たな鼓動を刻んでいます。
2025年に全面開業した東の玄関口「グランゲート広島(広島駅)」。そこから街を抜け、西の拠点である「広島ゲートパーク」、そして「エディオンピースウイング広島」へと続く活気ある動線。そのちょうど中心に、パセーラは位置しています。
- 広島もとまち水族館(7階): 2025年10月31日開業。街のど真ん中で海の神秘に触れる新拠点。
- reDine 広島(フードホール): スタジアム観戦前後のサポーターも集う、活気あふれるグルメスポット。
最新のグランゲートから広島へ降り立ち、活気あるエリアを抜けてスタジアムで熱狂する。その帰り道にふと見上げるカリヨン時計。それは、1994年の熱狂と、2025年の進化が交差する、広島の「結節点」なのです。
再び、あの音色が響く日を願って

街は進む。けれど、記憶はここに残っている。
動かない時計の針は、決して過去に留まっているわけではありません。それは、私たちが紡いできた30年の物語を、新しく生まれ変わる広島の景色へと繋ぐための、静かな架け橋なのです。
いつか再び、あの中空から平和を告げるカリヨンの音が響き渡る日を、私たちは「いつもの場所」で、大切に待ち続けます。
あの時と同じように、空を見上げて。


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